「筑紫君」ヤマト王権と争い歴史から消えた大豪族…九州歴史資料館で考古遺物と文献から実像検証する特別展
…下に置いた大豪族「筑紫君」一族の歴史に焦点を当てた特別展が、九州歴史資料館(福岡県小郡市)で開かれている。中央集権を図るヤマト王権と激しく争った一族の…
(出典:)


磐井 (古代豪族)のサムネイル
磐井 (古代豪族) (筑紫君磐井からのリダイレクト)
継体天皇22年(528年?))または筑紫 磐井(つくし/ちくし の いわい)は、6世紀前半(古墳時代後期)の豪族。カバネは。 『日本書紀』では「磐井」、『古事記』では「竺紫君石井(ちくしのきみ いわい)」、『筑後国風土記』逸文では「筑紫君磐井」と表記される。『日本書紀』では磐井の官職を筑紫国造としているが、これを後世の潤色とする説がある。…
16キロバイト (2,153 語) - 2024年8月6日 (火) 19:30

(出典 www.pref.fukuoka.lg.jp)




 ヤマト王権との争いの末に歴史から消えた「筑紫君」一族の特別展が、九州歴史資料館で開催されているようです。
 馬形埴輪など、考古学的な新発見は、歴史のロマンを掻き立てられますね。

 磐井の乱は、中央集権化を目指すヤマト王権と、独自の文化を持つ地方勢力との対立という、普遍的なテーマを含んでいます。権力闘争の悲劇や、消えていった文化への哀しみを感じませんか?
 スレッド中でも詳しい方が色々と解説してくれています。皆さん博識ですごいですね。勉強になります。

 特別展、私も近くに住んでいたら、是非行ってみたかったです。
 ちょっと九州は遠い…
 行ける方は、ぜひ古代の空気に触れ、歴史のロマンを感じてきてください!

1 ごまカンパチ ★ :2024/11/17(日) 17:50:15.61 ID:RtzBlPeK9
https://news.yahoo.co.jp/articles/79f12ba2bd4676b9575d25fbf5d5b02830eb0b7f
 古墳時代に北部九州一帯を影響下に置いた大豪族「筑紫君」一族の歴史に焦点を当てた特別展が、九州歴史資料館(福岡県小郡市)で開かれている。
中央集権を図るヤマト王権と激しく争った一族の長・磐井の盛衰を中心に、考古遺物と文献の両面から実像を検証している。(北村真)

律令国家が編さんした日本書紀(720年)によると、磐井は新羅など朝鮮半島の国々と独自に通じて勢力を強めたが、外交の一元化を図るヤマト王権と衝突。
527年に始まり、1年半にも及んだ「磐井の乱」で敗死したとされる。

会場で特に注目されるのは、国内で初めて確認された、よろいを着けた「馬形埴輪」だ。
磐井の墓とされる岩戸山古墳(同県八女市)の出土品の精査で昨年分かった。
実際の馬用のよろい(馬甲)は、かつての新羅地域の遺跡で多く出土しており、同館の小嶋篤学芸員(考古学)は、
「文献では磐井と新羅のつながりは知られていたが、物証は見つかっていなかった。この埴輪が考古学的に検証できる資料になりうるのではないか」と指摘する。
古墳に並べられた埴輪は、被葬者の軍備を反映していたとも考えられる。
小嶋学芸員は「磐井は輸入した馬甲を使った重装騎兵の部隊を備えていたのかもしれない」とみる。

このほか、有明海沿岸地域で特有の、人や馬をかたどった石製表飾も展示。
筑紫君や肥後の「火君」といった有力者たちの間で意匠や技術が伝達されたことを示し、文化を共有した首長連合の姿を浮かび上がらせている。

磐井を反逆者ではなく、地域首長連合の盟主として捉える研究も進んでいる。
成城大の篠川賢名誉教授(日本古代史)は「王権に従属しながらも支配地域を持った独立性の高い存在だった」と強調する。
乱が起きた要因として、ヤマト王権側が各地の首長を「国造」に任命し、兵士の提供などを義務づける中央集権的な支配制度を導入しようとしたことを挙げる。
書紀によると、王権側は反乱の鎮圧後、境界を定めた。
これは、王権側が乱の前から、磐井の勢力範囲を限定しようとしていたことをうかがわせる記述だと篠川名誉教授はみている。

特別展は、歴史から消えた後の筑紫君一族の「その後」の動向についても焦点を当てている。
書紀は磐井の敗死後、子の葛子が博多湾沿岸にあった支配地「糟屋屯倉」を献上し、死罪を免れたことを伝える。
篠川名誉教授は「筑紫君は外交権を失ったものの、一族は滅亡しなかったことを示している。
葛子は筑紫国造に任じられ、一定の勢力を保ったまま、ヤマト王権の一端を担ったのではないか」と分析する。

実際に岩戸山古墳では6世紀前半~7世紀前半頃の土器が出土しており、会場でも確認できる。
八女地域で作られ、筑後平野を流れる筑後川や熊本県北部の菊池川の流域に流通したもので、磐井の死後も地域独自の文化が維持されたことがうかがえる。
岩戸山古墳は一族の墓として約100年間使われ続けた。

同古墳を含む八女古墳群や、菊池川流域の古墳では、6世紀後半以降の石製表飾も確認されている。
歴史書から名が消えても、地域独自の文化や風習は根付き、受け継がれたようだ。
そのことを考古遺物から解き明かした意欲的な特別展と言えるだろう。12月8日まで。




24 通りすがりの一言主 :2024/11/17(日) 18:15:58.83 ID:6hJq2Yqw0
>>1
そういや漫画になってたのを読んだわ。奥さんは向こうの人だっけ?

34 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 18:26:51.29 ID:Mn3nIsOe0
>>1
日本書紀って西暦720年に書かれたものなのか
日本って言うほど歴史長いわけじゃないんだな

42 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 18:41:35.92 ID:X4BVggjU0
>>34
九州から東海あたりまでの緩い統一国家ができたのが五世紀くらいかな

60 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 19:55:43.61 ID:RP4PvoZ00
>>34
大化の改新をした天智天皇以前の人名のある歴史はトンデモと思って差し支えない

38 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 18:29:50.46 ID:oeIhBvrg0
>>1
行きたい

3 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 17:52:40.47 ID:B4ORtCA80
どうしても筑紫哲也を連想してしまう

6 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 17:54:22.91 ID:YtWVxlYv0
>>3
老害

4 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 17:53:57.47 ID:d7+Gn/8L0
なんかゆるキャラっぽい名前やな

5 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 17:54:09.87 ID:5jXK1A8r0
筑紫哲也?

7 (。・_・。)ノ ◆jN6K3cbEWjLT ハンター[Lv.673][UR武+38][UR防+28][木] :2024/11/17(日) 17:55:31.74 ID:aye4spj20
古墳時代にそもそも日本で漢字が普及してたとは思えないんだけど
何で「筑紫君」なんていうふうになってんの?
(´・ω・`)

8 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 17:56:34.16 ID:tFEn7cmJ0
>>7
中国の文献から拝借してる

12 (。・_・。)ノ ◆jN6K3cbEWjLT ハンター[Lv.673][UR武+38][UR防+28][木] :2024/11/17(日) 17:59:47.48 ID:aye4spj20
>>8
やっぱりそういうことだよね
そうなると漢字は当て字になるんで、本来の読み方とか発音が違うとかあると思うんです

11 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 17:59:01.34 ID:mn8RirNl0
>>7
普通に船山の鉄剣、稲荷山の鉄剣があるやろ。

13 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 18:00:06.99 ID:V0tpU5vs0
>>7
奈良時代の歴史書に載ってるから

15 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 18:02:16.27 ID:2NQm5jYq0
>>7
そもそも邪馬台国の存在にしても根拠は中国の魏志倭人伝やで

17 (。・_・。)ノ ◆jN6K3cbEWjLT ハンター[Lv.673][UR武+38][UR防+28][木] :2024/11/17(日) 18:05:16.72 ID:aye4spj20
>>15
それは理解してるんだよね
だからそっちかどうかアレだけども、ヤマト王権とカタカナ表記されてるんならば、筑紫もカタカナ表記が妥当なのでは?と思った

21 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 18:13:52.23 ID:fCkk/3290
>>17
日本書紀に磐井とか筑紫とか出てくるけど大和王権とは出て来ないからじゃね

100 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 21:14:26.66 ID:H8tKH9Em0
>>7
伊都国があったと思われる糸島で邪馬台国より古い時代の硯が見つかっているだろう

10 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 17:58:46.16 ID:V0tpU5vs0
この人も「大王(おおきみ)」と呼ばれていた可能性があるんだっけ

14 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 18:01:22.67 ID:fCkk/3290
調子に乗って歯向かったら遠隔地にもかかわらずあっという間に鎮圧されたんだっけ

16 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 18:05:05.90 ID:rFPSvWm40
>よろいを着けた「馬形埴輪」だ

はに丸みたいなハニワよりも
サボテンみたいなハニワのほうがハニワってかんじがする

20 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 18:12:26.46 ID:0MMZAAaN0
豪族に君付けってのもどうかと思うよ

22 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 18:14:50.35 ID:GJh75z8u0
>>20
天皇が大君
他の豪族が君

23 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 18:15:11.48 ID:sihrKnQn0
この乱はなんかしらんけど当時の政権にはとんでもない大事件だったらしい

26 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 18:18:38.29 ID:3oWWDMTJ0
ちくし君って中学の同級生でいたわ

58 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 19:45:09.93 ID:riHRXU2A0
>>26
俺の同期にもいたわ
両親が九州出身、九州弁を喋る大阪生まれの大阪人で毎日ラーメンを食べていた

46 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 19:14:40.19 ID:yxfrBG3m0
新唐書
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%94%90%E6%9B%B8
日本の王の姓は阿毎氏であること、筑紫城にいた神武が大和を統治し天皇となったことなどが記載されている

筑紫君と筑紫城の関係が気になる

56 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 19:34:17.52 ID:X4BVggjU0
>>46
新唐書は記紀はもちろん、東大寺の僧の奝然が宋の太宗に献上したとされる
「王年代記」も参照しているだろうから、当然かなり日本側のバイアスが
かかっているものと思われる。

57 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 19:42:19.43 ID:NXNUa/CX0
>>46
神武が奈良に東征した後も

倭奴国、筑紫城には
父の倭奴國王「彦瀲」
母の倭奴國王妃「豊玉姫」がおり

東征中に神武と袂を分かした兄の三毛入野命が帰還して
父の倭奴國王「彦瀲」の後を継いでいるので
後漢から漢委奴国王を印綬された九州の倭奴国が遷都したわけでは無いよ

59 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 19:48:05.71 ID:GJh75z8u0
>>57
そもそも東征がいつかに関しても分かっていない

47 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 19:20:09.94 ID:RP4PvoZ00
日本書紀なんて、過去の地方豪族の歴史を寄せ集めて勝手に天皇の先祖に仕立て上げただけだよ
こんなんをベースに学問もどきをやってるから日本の考古学は土人のままなんだよ

53 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 19:27:54.32 ID:X4BVggjU0
>>47
地方や奈良、大阪の豪族の伝承を集めて創作して弄り回してできたのが
記紀ですね。

ちなみに考古学的には記紀はあくまで傍証程度にすぎないと思われます。

48 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 19:20:37.64 ID:FZh9c6rz0
ヤマト王権は殺戮しまくって天下取ったんだろなぁw

52 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 19:27:28.95 ID:vYHOGcry0
>>48
殺戮しまくらずに天下をとった古代政権って世界のどこかにあるの?

49 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 19:21:58.17 ID:0vDfW0rw0
筑紫くん「まるで温泉街のようですねぇニチャア」
この失言が筑紫氏NEWS23時代滅亡の引き金となったのである。

51 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 19:26:31.82 ID:0vDfW0rw0
>>49
訂正です
〜ならなかったのである。

54 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 19:28:53.03 ID:b0pBQAcT0
温泉おじさん?

61 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 19:57:46.97 ID:FZh9c6rz0
3世紀に起こったとされる「倭国大乱」の主戦場は
何処か判明していますか?やっぱ九州ですかね

64 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:02:57.57 ID:X4BVggjU0
>>61
個人的には倭国大乱って言っても九州北部の小競り合いだったと
思いますよ。

69 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:13:37.33 ID:GJh75z8u0
>>61
どこだろうねぇ。
鉄の矢じりの出土数ならこちら


(出典 pds.exblog.jp)

76 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:28:53.21 ID:mn8RirNl0
>>61
狭穂彦王の乱で間違いない。
戦場は日向大分一帯。

77 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:34:06.67 ID:6bOFqF7/0
>>61
卑弥呼を擁立したら収束した大乱だから、邪馬台国の勢力圏+αくらい
北部九州だろうな

65 警備員[Lv.1][新芽] :2024/11/17(日) 20:08:42.36 ID:GKh8MoFg0
刈萱の関が置かれた理由
後に関所として廃止になった理由
これを考えた方がいいと思う

70 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:14:51.87 ID:X4BVggjU0
>>65
「刈萱の関」を知らんかったが、別に普通に博多と太宰府の人の流れを
制御するためのものなだけなんじゃね?

66 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:11:12.47 ID:GKh8MoFg0
普通に関所の役目を考えると大事な所を守るためそれより手前に関所は作られる
大事な所が無くなれば関所を置く理由もなくなるわな

67 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:11:20.30 ID:PUlcSOob0
大化の改新、壬申の乱、記紀編纂
我々の知る日本の歴史は全てここから始まる
そして、それ以前の歴史は神武天皇どころか直前の聖徳太子や山背大兄王、蘇我馬子・蝦夷・入鹿ですら正体不明なのだ
邪馬台国や卑弥呼なんて分かりようすらない

68 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:13:25.58 ID:RP4PvoZ00
>>67
ウマにエミシにイルカ
絶対に嫌がらせで付けただろって名前だよなこれ

72 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:22:24.49 ID:X4BVggjU0
>>67
そもそも日本書紀には天智天皇の殯や埋葬、墓も記されていないって知っとるけ?

75 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:27:48.58 ID:6bOFqF7/0
>>67
よっぽど都合が悪い事情があったのか、記紀より前の文書を焚書しちゃったしな

71 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:15:03.07 ID:NXNUa/CX0
で神武の死後、奈良の大和は

筑紫城にいた正室の吾平津媛の子の
嫡男の手研耳命や、次男の神八井耳命
を2代目天皇にするのでは無く

東征後に奈良で、出雲の事代主の娘「媛蹈鞴五十鈴媛」を正妃として迎え入れて出来た子の神沼河耳命を2代目天皇にして

筑紫城と決別し、のちにヤマトタケルが奈良から西征するまで

九州、山陰中国西部、四国南西部、対馬、韓国南部を支配する筑紫君と

畿内、山陰中国東部(出雲)、四国北東部(阿波)、隠岐、韓国北部を支配する天皇の

二大大国体制になる

73 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:24:09.72 ID:V0tpU5vs0
>>71
広い領土を手に入れた王様って
ナンバーツーには僻地を領土として与えるんだよね
そして僻地が発展して栄えると形勢が逆転
ナンバーツーの勢力が本家を滅ぼして王様に

歴史は繰り返す

78 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:36:16.46 ID:NXNUa/CX0
>>73
イザナギは、
筑紫城には正妃イザナミとの子の大綿津見を跡継ぎとして残し

正妃イザナミの死後に
根の堅州国(出雲西部)の女性との間に出来た子の、アマテラスに畿内を与え
アマテラスが出雲を併合して

のちに、筑紫城から神武が東征するまで

九州、山陰中国西部、四国南西部、対馬、韓国南部を支配する漢委奴国王大綿津見と

畿内、山陰中国東部(出雲)、四国北東部(阿波)、隠岐、韓国北部を支配する親魏倭王のアマテラスの

二大大国体制になる

79 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:39:05.19 ID:DcJkBTa/0
埴輪ってありがたいもんやね
作った人たち天才ちゃう?

81 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:39:59.02 ID:mn8RirNl0
先ず倭国大乱は倭人字磚によって、
170~184年頃に作られた曹氏墓の
墓作り職人レベルで
情報が共有されていたことが分かっている。
大陸にリアルタイムで知れ渡るほどの戦乱は
九州にしか想定することが出来ない。
コレが記紀では狭穂彦王の乱に相当し、
西都原古墳群まで進出した邪馬台国の皇子狭穂彦王と
生目古墳群の王、生目入彦垂仁との戦いだった事が分かる。

85 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:53:22.71 ID:NXNUa/CX0
そして、九州筑紫城の漢委奴国王の彦瀲が、
息子達に奈良の大和の親魏倭王を東征させ、
イザナギ以来、久しぶりに九州から関東までの統一を果たす

しかし神武の死後奈良の大和は

筑紫城にいた正室の吾平津媛の子の
嫡男の手研耳命や、次男の神八井耳命
を2代目天皇にするのでは無く

東征後に奈良で、出雲の事代主の娘「媛蹈鞴五十鈴媛」を正妃として迎え入れて出来た子の神沼河耳命を2代目天皇にして
九州筑紫城と決別し

のちにヤマトタケルが奈良から西征するまで

九州、山陰中国西部、四国南西部、対馬、韓国南部を支配する筑紫君と

畿内、山陰中国東部(出雲)、四国北東部(阿波)、隠岐、韓国北部を支配する天皇の

二大大国体制に、再び分裂する

86 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 20:56:38.82 ID:mn8RirNl0
>>85
漢の委の奴国王は100年頃に邪馬台国によって制圧され、
その後は王の居ない国奴国となっている。

95 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 21:09:11.62 ID:NXNUa/CX0
>>86
親魏倭王の奴国は

ソシモリ(韓国慶尚北道竹辺)
ー 対海國 (磯竹島)
- 瀚海(北海)を渡り 
ー 一大国(隠岐)
- 末廬国(五十猛町海岸)
- 伊都国(出雲)
ー 奴国(因幡)

↑ここまでが、アマテラスが武力した出雲王国

↓ここからが女王国の
- 不弥国(摂津住吉)

89 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 21:03:57.94 ID:okNRY0QA0
筑紫君と言うのは、君という姓(かばね)を
大和朝廷からもらっていたと言うことだ
臣(おみ)や連(むらじ)と同じく君(きみ)という姓があった

こんな事ぐらいは、基本中の基本だぞ

姓を与えたのは帝なので、既に体制に組み込めれていたと言うことになる

94 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 21:07:50.11 ID:iac4o6q10
山幸彦と海幸彦 ???

97 名無しどんぶらこ :2024/11/17(日) 21:11:23.86 ID:NXNUa/CX0
>>94
山幸彦と海幸彦は両方とも
奈良の大和のアマテラスの孫の邇邇芸の子